奔別アートプロジェクト2013に参加しました

  • 2013
    09/25

奔別アートプロジェクト2013に参加しました。

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http://pon.soratan.com/%E4%BD%8F%E5%8F%8B%E5%A5%94%E5%88%A5%E7%82%AD%E9%89%B1%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6

住友奔別炭鉱立坑櫓(すみともぽんべつたんこうやぐら)
1960(昭和35)年に建築された立抗櫓。高さ約51m、立抗内径6.4m深さ750mを誇る、東洋一と呼ばれる立抗でした。スキップ・ケージ巻揚げ方式で、鉱員、石炭、機械、ズリなどを一挙に運搬できる国内初のシステムを採用していました。完成当時は「100年採炭できる」と言われていましたが、1971年(昭和46)年10月25日に閉山しました。立坑密閉作業中に爆発事故が発生し、5人の命が失われました。現在も、その爆発の激しさを見ることができます。
http://www.sorachi.pref.hokkaido.jp/so-tssak/html/parts/09honbetu.html
より引用しました。

幌内炭鉱や弥生炭鉱など北海道の採炭史初期からの炭鉱がある三笠市。北海道の鉄道も幌内炭鉱の運炭を目的に三笠市幌内から小樽まで敷設されたのが最初です。
ここ奔別炭鉱から産出される石炭も幌内線を用いて運炭されていました。今でも幾春別の市街地から大きな竪坑跡が見え街のシンボルとなっています。

会場内は、様々な場所にアート作品が展示され、炭鉱時代の栄華とそれからの衰退を感じる中に芸術品との融合が計られておりました。(写真はたくさん撮ったのですが、プロジェクトの方に掲載の許可を得ることができておりません)

奔別炭鉱は、当初は現在のようにそのままの状態で放置するような事はせず、完全に解体する予定だったそうですが、閉山後の坑口密閉・解体作業中に地中から噴出したガスにより爆発事故を起こし、5人の方が亡くなったため、以後、解体作業は中断されそのまま現在に至っているとの事です(2枚目や3枚目の写真で下の構造物の鉄骨がほぼ全てむき出しになっているのは、その時の爆発で外壁が吹き飛んだためです)。
近隣には二つの小学校があり、1000人を超える児童がいたそうですが、現在は両校とも廃校になっております。

衰退を忍ぶのではなく、「まだまだ眠っている石炭をなんとか有効活用したい」とも思っています。