星の降る里芦別産業フェスティバル農業まつりに参加しました


8月24日 星の降る里芦別産業フェスティバル農業まつりに参加しました。
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芦別市の清澤市長、池田市議会議長、稲津久農林水産大臣政務官(衆議院議員)、そして私と来賓としてごあいさつさせて頂きました。

この祭りは、芦別市の農畜産物を展示・紹介・即売・品評会などが開催される郷土産業まつりです。メロン・とうもろこしなど新鮮な農産物の販売や芦別牛の丸焼きを堪能できる他、各種イベント、バラエティーショーなど楽しい企画満載です。
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(この写真は過去のものです)

開会式直前までは、なんとなんと、芦別市内は雷鳴とどろく豪雨状態。
しかも約10分間の(落雷による)停電もありました。

そんな中でも、開会式以降は晴れ間も見え始めまつりは進行することができました。

北方領土返還要求北海道・東北国民大会に出席しました


8月23日に北方領土返還要求北海道・東北国民大会に出席しました。

北海道議会北方領土対策特別委員会のメンバーを先頭に、返還運動関係者・元島民の方々の600名で北方四島の一括返還に向けシュプレヒコールのたけびを上げながら市内を啓蒙運動致しました。
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その後、中央区の道新ホールに移動し、高橋はるみ北海道知事を大会長とする北方領土返還要求北海道・東北国民大会に出席しました。
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高橋知事(大会長)は、4月に安倍総理がロシアを公式に訪問し、領土交渉が再び再開したことに触れ、「国民一丸となって返還運動を盛り上げていくことが大事」とのあいさつがありました。
元島民の、武田さんは「元島民の17000人のうち、1万人がお亡くなりになり、私達も年齢を重ねてしまった」「焦燥感を感じながらも早期解決に向けて粘り強く訴えていく」とのごあいさつがありました。
いうまでもなく、北方領土は日本国にとっても「ただの一度も他国の領土になったことのない、我が国固有の領土」として、不当な占有(占領)に抗議し一日も早い返還を望んでおります。
私も空知(選出)の議員として、また元教員としてではなく、北海道議会議員として、日本国民として真剣に訴えていかねばならない問題であるとあらためて認識致しました。

長沼町を中心とした降雹被害


本日の道内関係の報道でもありましたが、8月20日の昼あたりに長沼町・砂川市・滝川市で最大20mmの大きさの雹(ひょう)が降りました。
農作物被害のあった農家の方々に心よりお見舞い申し上げます。

報道では、千歳市で電柱が傾き、同じく恵庭市にも農作物の被害があったようです。
空知におきましては、先に申し上げた地域に降雹の被害が確認され、本日、長沼町に降雹による農業被害の確認をするために伺いました。

被害の概要としては・・・
・大豆の打撲(茎折れ・落葉など)が230ha
・水稲(倒伏・脱粒など)が115ha
などを始め、甜菜(ビート)・小豆・ブロッコリー・スイートコーン・白菜・りんごなどの被害がありました。

詳しくは空知総合振興局が、現在被害状況をとりまとめているところですが、なんとか残った作物が、傷から来る病害虫の蔓延を防ぐべく取り組みを徹底していく必要があります。
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長沼町より 戸川雅光 長沼町長が、空知総合振興局より、産業振興部長、農政課長、そして農業普及センターからもたくさんの方がおいでになりました。
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写真は長ネギの圃場です。雹がねぎを「折る」というより「破壊」しています。
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長沼町はブロッコリーの産地でもあるのですが、ブロッコリーの葉には穴があき、強風で倒れ、雹の打撃を受けてかなり厳しい状況にあります。
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そばも、まいたばかりですが、葉が落とされ、茎だけになっています。
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大豆も雹に打撃を受け、中の実にまで傷が入ってしまっています。
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白菜もかなり厳しい状態にやられています。
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水稲ももみが落ちてしまい、「実りて頭が垂れ下がる」はずが立ち上がってしまっています。

道内でも、ここ空知や道北でも被害があったようです。
すぐに、道、農政部に伝え、農家の方に被害が少しでも少なくなるように働きかけて参る決意です。

本日は、68回目の終戦記念日です


本日は、68回目の終戦記念日です。
先の大戦で犠牲となられた方々に謹んで哀悼の意を表しますとともに、ご遺族の皆様に、心からお見舞いを申し上げます。

68年前の夏、我が国は「戦争はもう二度と繰り返さない」との強い決意で軍国主義と決別し、平和国家として再出発しました。日本国民の平和を求めてやまない強固な決意と懸命な努力が、戦後復興を成し遂げる力となりました。戦争や被爆体験の風化が指摘されますが、私たちは、戦争の悲惨さ、残酷さを語り継ぐ努力を更に強めていかなければなりません。

21世紀は「平和と人道の新世紀」と期待されましたが、今なお世界に戦争と紛争が絶えることなく、核の脅威は「核拡散」という問題となって人類の生存を脅かしています。私は、世界中の人々がテロ、貧困、飢餓、紛争、感染症、麻薬などの「構造的暴力」から解放される「人間の安全保障」の確立こそ「戦争のない世界」を実現するための基本であると考えます。座して戦争反対を叫ぶだけでは平和は実現できません。地球的視野に立った「行動する平和主義」に徹し、人間の安全保障を具体的に推進していくことこそ日本の進むべき道であると確信します。

さて近年、近隣諸国が我が国の主権を脅かす行為が続いています。領土と主権をめぐっては毅然とした対応を貫くとともに冷静な対話を通じた戦略的外交を進めることを政府に求めてまいらねばならないと思っております。

以上、戦後68回目の終戦記念日に当たりまして、ご挨拶申し上げます。
これからも私、荒当聖吾に、皆様の力強いご支援を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。

日本人として忘れてはならない夏・・・


日本人として忘れてはならない夏・・・

私は広島県の出身です。
両親は被爆者。
父親方は原爆と戦争(中の病死も含む)で3才年上の姉とともに、幼少から義父の家で育てられたそうです。

8月6日は広島に原爆投下された日。

その三日後、9日には長崎に原爆投下。

1945年、8月15日 正午 玉音放送~終戦(敗戦)。

なぜか18日から、千島列島東端の占守島にソ連軍が侵攻。
ポツダム宣言受諾により太平洋戦争が停戦した後、日ソ中立条約を一方的に破棄したソ連軍が占守島に上陸、日本軍守備隊と戦闘となりました。21日に日本軍の降伏により停戦が成立。
以降、北方領土はロシアが占有し続けています。
8月20日朝、樺太の真岡にソ連軍艦がやってきました。樺太の悲劇、真岡郵便局の悲劇も忘れてはなりません。

日本人として絶対に忘れてはならない夏の日です。

先日、用務の関係で東京に伺った折、短時間ではありましたが遊就館を拝観して参りました。

ご家族(遺族)と引き裂かれて戦地で尊い命を散らしたが故の現代の平和。

どのような強い力を持ってしても断ち切ることの出来ない親子兄弟の絆を一片の紙切れにより断ち切られ、ご主人を戦火に失われるとき、最後の別れの一言も聞いてあげられなかったことが今でも悔やまれる方もいらっしゃることと思います。

最愛の夫を、父を、子を、兄弟を失った方々の悲しみは深く、言葉ではとても言い尽くせるものではありません。

これも偏に、国難に殉じ、国家再興への礎となられたご英霊の、平和への切なる願いと精神が脈々と流れ受け継がれているからであり、その尊い遺徳を私たちは決して忘れるものではありません。

遊就館を拝観して、決意し直したこと。
それは悲しみの歴史を繰り返さないとの決意を新たにし、戦争の史実と教訓を風化させることなく子々孫々にわたり正しく継承し、平和で希望に満ちた社会の増進に一層努力を重ねて行くことを誓いました。

戦没者の皆様のご冥福を心よりお祈りし、日本国の益々の繁栄、そしてご遺族皆様のご健勝とご多幸を祈念します。