闇は暁を求めて

  • 2011
    08/22

闇は暁を求めて(やみはあかつきをもとめて)

公明党の最大の支援団体は、一貫して核廃絶を唱えてきた。

世界各国で「核の脅威展」を行い、しかも、時は冷戦下の最中、核の超大国である旧ソ連やアメリカでも行ったというのは、驚愕に値する。

公明党創立者 池田大作創価学会名誉会長は、30年余り前にフランスのルネ・ユイグ氏との対談のなかで、原子力エネルギーの問題点について、次のとおり指摘をされている。

創立者は「原子力発電所は中止すべき」とのお考えであった。《公明党創立者池田大作氏とルネ・ユイグ氏との対談『闇は暁を求めて』(講談社版、1981年10月発行)》

先日の新聞で、「脱」とも「推進」ともいわない自民党、公明党を懸念する記事が載っていたが、公明党は少なくとも支援団体が核廃絶を進めているので、明確な意志を一日も早く示すべきである。当然、私もそのとおり叫んでいく覚悟である。

『闇は暁を求めて』より、自身が感じたポイント。

・(石油の枯渇に備えて、核エネルギーに光が当たっているが、核エネルギーは恐るべき汚染を起こす危険がある)『私がここで提起したい問題は、人類は今後ますます大量のエネルギー資源を必要とすると考えることが正しいかどうかという点』

・『エネルギー消費も減少の方向に向かうことが可能であるかもしれない』

・『とくに原子力エネルギーの問題は、過去に人類がぶつかってきたいかなる問題とも質を異にしていることに気づくべき』

・『原子力エネルギーの廃棄物の場合は、それがどんなに少量であろうと、かならず致命的な害を及ぼ』す。

・『絶対的に、永久的に安全な、廃棄物の処理法が発見されれば、そのとき初めて利用を再開してもよいと思います。しかし、それまでは、いったん中止しても、危険な廃棄物を生じないエネルギー資源の開発、循環可能で枯渇の恐れのないエネルギー資源の開発に、現代科学の総力を傾注して取り組むべき』

チェルノブイリ原子力発電所事故(1986年4月26日)よりも前、30年前の警告です。30年前から今日まで、誰が本気でこれを受け止めたのでしょうか。それどころか都市間が近く、しかも世界有数の地震国に原発を54機も作ってしまいました。
私も、その他の人たちもエネルギー大量生産・消費のらせんに絡められておりました。

当然、党是遵守のなかでの活動になりますが、一刻も早く『復興を果たすためにまず解決』併せて『是非を力強く問う』行動を起こしてまいります。

【ルネ・ユイグ(René Huyghe、1906年5月3日 – 1997年2月5日)はフランスの美術史家、随筆家。フランス学士院のアカデミー・フランセーズ会員(1960年–1997年)。フランス北部のアラス生まれ。
1927年、ルーブル美術館の絵画部長。1951年、コレージュ・ド・フランスの教授(造形芸術心理学)。国立博物館協議会の会長、ジャックマール・アンドレ美術館の館長等を歴任。1966年には「エラスムス賞」を受賞。1995年春には、在外外国人として、日本の「勲二等旭日重光章」を受章している。
1959年と1974年の2度、来日している。】

【 】内は次より抜粋
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%82%A4%E3%82%B0