仕事をしない(放棄した)大臣!?

  • 2011
    08/02

仕事をしない(放棄した)大臣!?

こんな書き方をすれば、センセーショナルで刺激的な目をひく書き出しを期待される方も多いと思うが、実はその逆で、仕事をしないことを公言した大臣を紹介しようという、おもしろくもなんともなく、ただ気が重いだけのお話になります。

日本には現在、死刑執行を待っている死刑囚が100人以上いると言われている。
待っているとは、「生を望む」人間の命を奪う刑として、当然本人は歓迎するはずもなく、しかし下された判決の元にその刑が執行されることを嫌々待っている状態だろうとは容易に想像がつく。

その上で、その(死)刑を待って(待たされて)いる死刑囚の人たちの命の行方を握るのが法務大臣である。
法務大臣の職務の1つに、「死刑執行の命令書に署名」というのがある。死刑囚本人が罪を認めようと認めなかろうと、死刑判決が確定している以上、「死刑執行の命令書に署名」するのが、法務大臣単独に与えられた義務であり、また、責任である。

ここまで書けば、誰でも当然に「法務大臣を拝命するときには、死刑囚に刑を執行する覚悟がある」ものとして引き受けるのだろうと思われる。法務大臣の就任を要請された場合、「死刑執行の命令書に署名」できない信念の持ち主であるのなら、法務大臣になることを断るべきである。間違って就任することがあっても、直ちに辞任すべきである。

日本国は「法治国家」であり、国家におけるすべての決定や判断は、国家が定めた法律に基づいて行うとされる。しかし、法律の範囲についてその責任を負うことになる法務大臣が、「法律を守らないと公言」すれば、日本の法秩序は、維持できなくなる。

なにが言いたいかというと、法務大臣に就任しおいて、いまさら、「死刑執行の命令書に署名できない」といのは、日本の厳正な法秩序に対する明らかな反逆行為である。間違っても法務大臣の言葉としてとうてい認められるものではない(はず)。

話をちょっと変えて、「じゃぁあなたは死刑肯定論者か廃止論者か?」という質問を頂いたことにしてお答えすれば「強いていえば廃止論者」である。
しかし、なぜ廃止の立場かというと、死刑囚の命を奪うことで被害者意識を慰謝できるとは思っていないし、むしろ生かして苦役に処すことによって被害者の感情を満たしたいと考えているからである。
その死刑囚が寿命を全うさせるまで働かせ、その労働で得たお金があるとすれば当然被害者に届けられるべきだと思っている。
私の考えを少しだけ述べた。

さて、いずれにしても法務大臣は、巨大な行政機構(法務省)のトップとして法律が定める規定に忠実に従って、たんたんと署名するしかないのである。私情は不要である。

仮にも法務大臣の立場・身分で法律に従えないのであれば、即辞任すべきである。

死刑について、そろそろ議論した方がよいのではないでしょうか。