テレビ雑感・・・


最近のテレビはどのチャンネルにしてみても”次期総裁選”ばかりです。
今回もマスコミのうまく利用したことと小沢詣での回数で総理総裁が決まりそうです。

自民党が安陪→福田→麻生総理と、一人1年任期のような状態に陥ったときに、「政権のたらい回しだ!解散総選挙をして民意を問え(趣意)」と吠えたのが、今の菅総理だったと記憶しております。

鳩山→菅→新しい方のときにはなんとおっしゃるのでしょうね(笑)。

ここに触れないことを、本当に気分悪く(テレビを)見ている一人の視聴者です。
5人の総理大臣に立候補される方々は、今なお漏れ続けている放射能を「どうやって止め、どうやって解決させ、どうやって復興させる」のか、誰も聞かないしだれも言わない。
「徹底的な除線!」と言われていますが、どうやって除線するのですか?方法を教えて下さい。

さて、退陣表明のときには、「厳しい環境のもとでやるべきことはやった。一定の達成感を感じている。国民の皆さんのおかげ。私の在任期間中の活動を歴史がどう評価するかは、後世の人々の判断に委ねたい」と述べられました。

厳しい環境は誰のせいなのか。
一定の達成感とは何を達成されたことをいうのか。
在任期間中の行動を評価するのは、後世に委ねることはよいとして、歴史の審判のその法廷にお立ちになるご覚悟はおありか。

阪神大震災時の時の首相は「なんせ初めてのことでございましたので」と発言されて私を含めて国民の怒りを買った人がいたが・・・。
福島第一原発事故については「総理としての力不足、準備不足を痛感した」と振り返られました。

力不足・準備不足ならば「とにかく人(内・外・敵・味方含めて)に聞けばどうだったのだろうか」。

前回の衆議院選挙の時に財源も無いマニフェストにマスコミが乗せられそれに踊らされて民主党に投票した国民を見事に騙したものだ。
それに乗せられて投票した有権者の方々も恥ずかしい思いをされているに違いない。

あちこちで言っておりますが、ウソは泥棒の始まりです。
・ ガソリン税
・ 高速道路無料化
・ 子供手当て
全部財源不足で”嘘”ではないですか?
ちょっとやって、さっとやめることが公約だったのでしょうか。
今更マニフェストの変更などと言い出してるがそれは”詐欺”ってものです。

今民主党に求められている事は「ウソで固めたマニフェストを撤回し」「そのお詫びをし」「さらに衆議院を解散して」「その折りにもう一度マニフェストを作り直す事」でしょう。
それでも民主党に投票される人が何人いらっしゃるのか、それで過半数を取れればそれこそ新しいマニフェストを掲げて、真の民意を得た第一党の政党として働かせてもらい、その代表が総理総裁になる資格がおありになる方だと思います。

明日結果が出るそうですが、新しい総理大臣は、また政治を混乱させるようなことのない方になって頂きたいとささやかながら感じているところです。

北電「やらせ」認める 泊3号機のシンポジウム


北電「やらせ」認める 泊3号機のシンポジウム

北海道新聞の記事より(08/26 22:25)
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/314413.html

 北電は26日、記者会見し、泊原発3号機(泊村)のプルサーマル計画をめぐるシンポジウムでの「やらせ」疑惑について、社員に参加と推進意見の表明を求める文書をメールで送ったと認めた。
 問題となったのは、2008年10月12日のシンポで、道と泊村など地元4町村の共催で岩内町で開かれた。約380人が参加した。北電によると、メールは同3日付で、現地事務所渉外課が各課に送った。
 北電は、メールを発送した経緯や出席した社員数、意見表明の有無などについて今後、詳細に調査するとしている。
 泊村の牧野浩臣村長は、取材に対し「大変遺憾。北電が安全対策をしっかり行えば、やらせなどする必要がない」と指摘した。

・・・とありました。
マスコミはマスコミで、次期日本国の総理大臣を、ウマ扱い?
テレビを見れば、7人の総理候補者がケイバ馬のように取り扱われ、小沢詣でを報道され、誰が小沢様のお眼鏡にかなうかだけが次期総理だ!と。

誰か抗議しないのか?候補者の皆さんの中で。

企業は企業で、やらせ…(汗)。

これだから、誰も信頼するモノがない。情報がない。
あきらめばかりが蓄積されるのではないでしょうか。

この夏、公明党は国会におきましてもしっかりと働かせて頂きました。
国会も最終盤ですが、現時点で、この一カ月を法案中心に例示すると次のようになります。

◎第2次補正予算
 7月25日成立。約2兆円。被災地救済の公明党の要望が数多く盛り込まれている。
◎原発賠償仮払い法
 7月29日に成立。公明党が主導し、賠償金の早期支払いを促進させた。
◎原子力損害賠償支援機構法(原賠法)
 8月3日に成立。原案を修正し、公明党主導で国の責任等を明確にした。
◎原発事故避難者支援法
 8月5日に成立。避難先で行政サービスが受けられるようにしたもの。公明党が原発だけでなく津波被害で避難している人も対象とするよう主張し、修正。
◎ガレキ処理法
 7月1日に公明党が主導して野党4党が共同提出したのを受け、7月8日に政府案が提出。与野党協議を経て、8月12日に成立。原則、国の責任で処理を行うもの。
◎義援金の差し押さえ禁止法
 8月3日、公明党主導で民自公3党で参院に提出。8月10日に参院を通過し、8月23日に成立。
○二重ローン対策法
 公明党が中心で推進してきたもの。参院通過で現在、衆院に送られている。民自公3党で修正協議中。
○再生可能エネルギー法
 自公の修正要求を受け入れ、衆院で23日可決。参院送付。
○放射性物質汚染対処促進法
 ガレキ処理法とは別に、放射能で汚染されたガレキを国が責任を持って処理する自公主導の法案。民自公3党で協議し、23日に衆院可決。

大震災も経済も大変な状況の日本、誰よりも早く現場に入り、誰よりも身体を張って戦う政治が求められています。

パソコンの写真を整理しておりました


パソコンの写真を整理しておりました。
DSCF0422
7月の末に福島に伺った際の写真です。
現在地は磐梯山S.Aとなっています。磐梯山の駐車場で、休憩中におさめた写真です。
磐梯山は、恥ずかしながら初めて見た雄大な山で、圧倒されました。(写真にはうまく写っておりませんでした)

福島という名前は、英訳するとIsland of happiness(日本語的に直訳してハッピーアイランド)とでもいうのでしょうか。
写真中央、上の部分にも「本当の空がある うつくしま ふくしま」とのコピーが確認できます。
しかし、残念ながら今は「フクシマ」という名前で連日、国内はじめ世界中で記事になったりします。

写真右側の上の当たり、常磐富岡I.Cから新地I.Cまで工事区間となっておりました。
いつ工事が再開できるのか、いつ開通することができるのか。
誰にもわからない状態です。

福島県の面積はどれくらいなのでしょうか。全国的にも大きくもなく小さくもないくらいだとおもいますが、空港におりて、郡山→福島→会津若松→相馬→南相馬と走るのに、あっという間でした。

当然北海道と比べるわけにもまいりませんが、福島のそのほとんどを歩くのもあっという間でしょう。その小さな県の中で、今後何年立ち入ることができなくなるか。そういう面積がどのくらいになるのか。本当に心配でなりません。

その昔、日蓮大聖人が文応元年7月16日にしたためられた「立正安国論」は、国中に地震・伝染病などの疫病・天変地異・飢饉などの災害等が相次ぎ、人間の力が遠く及ばないこれらの事象に対して、宗教家としての憂慮から政治・宗教のあるべき姿を当時の鎌倉幕府の事実上の最高権力者である北条時頼に提示しました。

考えてみれば、放射能や鳥インフルエンザ、狂牛病…当然地震も、人間の手には負えない事態が、今まさに起きているのです。であれば、どうしなくてはならないのか、立正安国論の精神をもう一度あらためて確認しなくてはなりません。

この日本を、地球を手放さなくてはならなくなる前に。

セシウムさん?


世のニュースに疎いのか、泊原発でバタバタしているときにとんでもないニュースを見落としておりました。

某県のお米のイメージを害する放送がなされました。
内容は「怪しいお米セシウムさん 汚染されたお米セシウムさん」と番組プレゼントの当選者をお知らせする内容(パネル)に、あまりにも不適切で、加えて極めて常識を欠いた記述が誤って送出されたという事実です。

当然番組はお詫びするしかないと思われますが、私がどこを問題に感じたかといえば、これは「人間の手で書かれたもの」であるということです。

この国難(「ともいえる」のではなく、きっぱりと国難である)である東日本大震災のさなか、まさか冗談ででも、誰かがこんな記述を作製していたという現実。

ワープロで作ったのか、レタリング等で人間の手によって作られたのかが問題になったのではなく、誰かが明らかに作為をもってこのパネルを作り、これを作製して(見て)なんらかの意思表示をした者がいるという現実。

まさか、周囲(もしくは本人)がへらへら笑って見ていたなんてことがなければよいなとささやかに思っているところです。

誰かが作り、誰かが間違えば映像になってしまうところにセットし、そして(恣意的にか作為的にか不作為的にか)事故が起きて映像になってしまった。この3つ(以上)のつまずきが重なり、映像になり視聴する者の目に触れた。

いつもは・・・識者を並べ眉をひそめて風評被害を非難(予見・危惧)するシーンは見慣れていたところですが、制作者の中には、こういうものを作る人が残念ながらいたという事実が発覚したという、私にとっての重大事故でした。

明らかな名誉毀損。取り返しがつきません。
まさか、「あれはテスト用で、本番用とは違うのです」などと言い訳がましい言葉が出たとしていたとすれば、それこそ問題であります。

マスコミの皆さん。もっとしっかりしてください。
マスコミの原点(その対象者)は、草の根の大衆であることを忘れてはなりません。

闇は暁を求めて


闇は暁を求めて(やみはあかつきをもとめて)

公明党の最大の支援団体は、一貫して核廃絶を唱えてきた。

世界各国で「核の脅威展」を行い、しかも、時は冷戦下の最中、核の超大国である旧ソ連やアメリカでも行ったというのは、驚愕に値する。

公明党創立者 池田大作創価学会名誉会長は、30年余り前にフランスのルネ・ユイグ氏との対談のなかで、原子力エネルギーの問題点について、次のとおり指摘をされている。

創立者は「原子力発電所は中止すべき」とのお考えであった。《公明党創立者池田大作氏とルネ・ユイグ氏との対談『闇は暁を求めて』(講談社版、1981年10月発行)》

先日の新聞で、「脱」とも「推進」ともいわない自民党、公明党を懸念する記事が載っていたが、公明党は少なくとも支援団体が核廃絶を進めているので、明確な意志を一日も早く示すべきである。当然、私もそのとおり叫んでいく覚悟である。

『闇は暁を求めて』より、自身が感じたポイント。

・(石油の枯渇に備えて、核エネルギーに光が当たっているが、核エネルギーは恐るべき汚染を起こす危険がある)『私がここで提起したい問題は、人類は今後ますます大量のエネルギー資源を必要とすると考えることが正しいかどうかという点』

・『エネルギー消費も減少の方向に向かうことが可能であるかもしれない』

・『とくに原子力エネルギーの問題は、過去に人類がぶつかってきたいかなる問題とも質を異にしていることに気づくべき』

・『原子力エネルギーの廃棄物の場合は、それがどんなに少量であろうと、かならず致命的な害を及ぼ』す。

・『絶対的に、永久的に安全な、廃棄物の処理法が発見されれば、そのとき初めて利用を再開してもよいと思います。しかし、それまでは、いったん中止しても、危険な廃棄物を生じないエネルギー資源の開発、循環可能で枯渇の恐れのないエネルギー資源の開発に、現代科学の総力を傾注して取り組むべき』

チェルノブイリ原子力発電所事故(1986年4月26日)よりも前、30年前の警告です。30年前から今日まで、誰が本気でこれを受け止めたのでしょうか。それどころか都市間が近く、しかも世界有数の地震国に原発を54機も作ってしまいました。
私も、その他の人たちもエネルギー大量生産・消費のらせんに絡められておりました。

当然、党是遵守のなかでの活動になりますが、一刻も早く『復興を果たすためにまず解決』併せて『是非を力強く問う』行動を起こしてまいります。

【ルネ・ユイグ(René Huyghe、1906年5月3日 – 1997年2月5日)はフランスの美術史家、随筆家。フランス学士院のアカデミー・フランセーズ会員(1960年–1997年)。フランス北部のアラス生まれ。
1927年、ルーブル美術館の絵画部長。1951年、コレージュ・ド・フランスの教授(造形芸術心理学)。国立博物館協議会の会長、ジャックマール・アンドレ美術館の館長等を歴任。1966年には「エラスムス賞」を受賞。1995年春には、在外外国人として、日本の「勲二等旭日重光章」を受章している。
1959年と1974年の2度、来日している。】

【 】内は次より抜粋
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%82%A4%E3%82%B0

代表のお話


22時31分・・・・現在の時刻です。

やっと帰って参りました。
札幌にて党代表と道代表、そして横山参議院議員の政経パーティに参加しておりました。

私も行かせていただきましたが、横山議員も被災地をこまかく歩かれ、写真にそってお話をされるその説得力があまりに大きくて、つい涙ぐんでしまうこともありました。

続いて、党代表・そして道代表の話。

それはそれは、素晴らしくないはずない(?)のですが、ここで書いてしまうと、明日参加される方にネタばらし(そんなことはありませんね:笑)してしまいかねないので、留めておきます。

さすがに今日は疲れました。
早いですが休みます。

また、明日から頑張りますよ!

ご意見がありましたら・・・


ご意見は歓迎いたします。
alux_bb スペースは無しでアットマーク、ヤフー.シーオー.ジェーピーにお寄せください。できるだけ、CCやbccでなく直接お送りされたあらとう宛のメールについては、時間を見つけて返信するようにいたします。

泊原発のたくさんのお声を頂きました


皆様から貴重なご意見を頂きました。
ありがとうございます。

まさか、北海道から「再稼働第1号」が出てこようとは考えてもおりませんでした。

皆様のご指摘のとおり、原子力発電所は「あわてて減らしていかなくてはならないモノ」であり、「再び動かす」ことには反対して参る覚悟です。

ご存じのとおり、私の所属する公明党は原子力発電所について、徹底した安全性の追求を大前提として、三つの視点から認めてきた経緯があります。

一つ目は、公明党が最終的にめざす「太陽水素系エネルギー社会」(太陽光や核融合によるエネルギー供給)の実現過程における“つなぎ”としての役割。こうしたシステムを実現するには、まだ多くの年月とコストがかかるため、その間のエネルギーの一部を原子力によって賄うことをいいます。
二つ目には、「エネルギー安全保障」の観点から、化石燃料、太陽光など再生可能エネルギー、原子力をバランスよく活用(ベストミックス)することによって、経済活動の基盤となる電力供給を安定させる。資源を輸入に頼らざるを得ない日本が、国際情勢に左右されるといったリスクを低減する意味でも、極めて重要な視点であるといえます。
そして、三つ目は、低炭素社会の実現は世界の要請であり、二酸化炭素を排出しない原子力発電所は、その実現に寄与する。
いずれにせよ、あくまでも『安全性が確保』されているということが大前提でありました。
絶対的な安全性が確保された上で、原子力エネルギーを(しぶしぶ)認めて来た経緯があります。

しかし、今回の放射能漏れ事故・政府の対応・電力会社の対応を見るにつけ、やはり人間の行うことにはどんなに気をつけても過失・瑕疵がつきまといます。また、災害は人間の想定を大きく越えてくることも見せつけられた経緯があります。であれば、やはりなにか起きたときに手に負えなくなる可能性のあるものは『触れない』ことが正しいことではないかといや増して強く考えるようになりました。

その上で皆さんに考えていただきたいことは、原子力発電所の危険性を考慮した廃止と現在の日本の電力需要、それに伴う日本経済の発展を総合的に勘案すると、やはり電力は不足してしまうのではないか、どう補うべきなのかを解決させる必要から逃げ出すわけにはいかなくなることです。

私は、工業人ですから愛する日本国は工業立国として世界に名誉ある地位を占めることが大事なことであると考えます。と同時に、当然、空知総合振興局を選挙区とする北海道議会議員として、北海道の農業・観光・そして自身が申し続けている人材の輩出も、同じく大事なことであります。

豊かな電力を供給できなくなることは、日本のメーカーの(海外・国内に向けた)売り上げが減ることになります。
精密機械は、不安定な電力ではとても精密部品をつくることができません。これまで日本国が製品の輸出国として世界中にその地位を築いて来た・努力や行為を「あきらめ(手放し)てしまう」のか、「続ける」のかの選択もしなくてはなりません。

次に、その関係から税収が減ることが容易に考えられます。少なくなった税収でなにを切らねばならなくなるか。これは相当丁寧に申し上げなくてはなりませんが、残念ながら「福祉」も切られてしまいかねません。すると誰が困ることになるのか。それはやはり、弱い者に手を差し伸べることができなくなることにつながりかねません。
また、電力の豊富な国へ企業が出国することも当然起こりうることでしょう。

わかりやすく極論を申せば、競争に弱く・体力もなく・その上弱肉強食(社会的弱者を守りきることのできない)の日本国になってしまう恐れを憂いております。だからといって、放射能をまき散らして良いと言うことを申しているのではありません。

話を変えますが、なぜか全国で営業運転中として稼働中の原子力発電所の炉には触れずに、再稼働にのみこだわられているかについて、はなはだ疑問に感じております。世論調査でも6割以上の人が「全ての原発を今すぐに停止することは、現実的ではない」とするデータがあります。

使用期限が来た炉は速やかに撤廃をしながら数を減らしていくこと、同時に新しい原子力発電所はつくらないこと、そして代替エネルギー・再生可能エネルギーを強力に推し進めていくこと、これが現実的な手段ではないかと考えております。

「40年前の生活レヴェル、部屋に一つの裸電球、冷蔵庫・洗濯機・そして家の中心にテレビ(もしくはパソコン)が一つ。携帯電話はどうなるか・・・」という時代に戻す(40年前は高度成長期でしたが、もう二度と容易に高度な成長は見込めないと思われます。永遠にこの生活になるものと思われます)のか、もしくは21世紀の生活を満喫するのか。一人一人の個人ではなく、あまねく全て(ほとんどの)の国民が同じ回答・選択をする必要もあります。

今回、この2日間でとんでもない数のメール・FAX・お電話を頂きました。
内容が理論的に素晴らしくまとめられ、説得力もあり、私の考えを揺るがせる内容や、反対に感情的な文章、脅迫的な文章、どこかでコピーされたままのまったく同じ内容の文章等、たくさんのお考えを伺いました。皆さんの関心の高さがよくわかりました。しかし、しかしなのです。

卑近な例えになるかもしれませんが、日米新安保条約の批准を巡って日本中が騒然としていた1960年のこと。国会を多くの人たちが取り囲んで「安保反対」を叫ぶ中、ときの内閣総理大臣で「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介は批准案を強行採決してしまいます。そのとき、岸は、「国会周辺は何やら騒がしいようだが、今日も後楽園球場は満員だ」と言い放ったと伝えられています。

なにが言いたいかというと、『皆さんから頂いたお声は、かならず形にして参ります。』ですから、もっと『もっと運動量を頂きたい』のです。反対のデモをしても良いし、民主的な運動を起こしても良いし、圧倒的な熱量で反対していく声を支えていきたいと思います。道議会議員や関係周辺市・町にかちゃかちゃキーボードで打ち、送信ボタンを押したくらいで世の中等到底変わるはずがありません。

誰だって、放射能はいりません。故郷は失いたくありません。健康が一番です。
取り急ぎ、自身の考えを申し上げました。

玉音放送(畏れ多くも訳してみました。現代語訳できているか心配ですが)


戦時中であれば不敬罪でしょうか。

当然日本国民としても、また個人的にも天皇家また天皇陛下は、お慕い申し上げ、また尊敬しております。
日本国の繁栄も、おそらく今秋の実りも、なんとかうまくいってくれるものと共々に祈念したいと思います。

『敵は新たに残虐な爆弾を使用して、罪のない人たちを殺傷し、その痛ましい被害ははかりしれない』
敵であること、罪のない人達(広島・長崎市民)であること、これが陛下の口から発言されたことがなによりです。

『国民の悔しい思いは私がよく知っています。しかし私は時の運に従って、堪え難きを耐え、忍びがたきを忍んで、後の世のために平和をもたらしたいと思っている』
なんとありがたい言葉でしょうか。
思想的に、天皇家および天皇陛下をどうこう言おうとする風潮や時代背景のある中で、やはり日本国(民)は憲法の第1条のとおり『 第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。』9条を守れ!9条が9条が!と(笑)、日本国憲法は9条しかないとお考えかと疑ってみたくなるような人達がうるさくなるこの終戦記念日に、一言申し上げたく、発言いたしました。

******
私は、深く世界の大勢と日本の現状を考えて、特別な方法でこの事態を収拾しようと思い、ここに忠義の気持ちを持った国民にお話します。
私は政府に、米・英・中国・ソ連の四国に対してポツダム共同宣言を受諾することを通告させました。
もともと日本国民の安全と世界の共存を共にすることは、わが歴代天皇の残した教えで私も大切にしていることです。アメリカやイギリスと戦争をしたのも、日本の自立とアジアの平和を願うからであり、もともと他国の主権を侵したり、領土に侵入することは私の気持ちではありません。
開戦以来すでに四年たち、わが陸海軍の将兵が勇ましく戦い、役人たちが懸命に働き一億の国民が力を尽くし、それぞれ最善をつくしたにもかかわらず、戦局はかならずしも好転しません。世界の大勢もまた我々に利がないことを示しています。
その上、敵は新たに残虐な爆弾を使用して、罪のない人たちを殺傷し、その痛ましい被害ははかりしれません。このまま戦争を続ければ最後にはわが民族が滅亡するだけでなく、人類の文明をも破壊するでしょう。
もしそうなれば一億の国民を預かっている私としてどうやってわが歴代天皇の霊に謝ることができましょう。このことが私が政府に対し共同宣言に応じさせるに至った理由です。
私は、日本とともにアジアの解放に協力した国々に申し訳なく思わずにはいられません。日本国民で、戦地で死んだり職場で命を落とした人々と、その遺族のことを思うと、悲しみで心が裂ける思いです。
また戦傷を負い、災難で家業を失った人々についても私はたいへん心配しています。
考えると、これから日本が受けるであろう苦しみは大変なものがあると思います。
国民の悔しい思いは私がよく知っています。しかし私は時の運に従って、堪え難きを耐え、忍びがたきを忍んで、後の世のために平和をもたらしたいと思っているのです。
私は日本の国家を譲ることができたので、忠義で善良な国民の真心に信頼を寄せ、いつも国民と一緒にいます。感情のままにみだりに事件を起こしたり、国民同士が争って時勢を乱して、そのために道を誤って世界の信用を失うようなことは、私がもっとも戒めるところです。
国を挙げて子孫に伝え、神国の不滅を信じ、任務は重く道は遠いことを思い、将来の国の再建に向けて総力をあげ、道義を厚くして志を堅くして、日本のすぐれたところを更にたかめ、世界の流れに遅れないようにしていきましょう。
日本国民よ、この私の言葉をよく心にとどめて行動してください。

日航ジャンボ機墜落事故


(ウィキペディアより)日本航空123便墜落事故は、1985年8月12日18時56分に、日本航空123便、東京(羽田)発大阪(伊丹)行、ボーイング747SR-46が、群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(御巣鷹の尾根)に墜落した事故である。

26年前、8月12日に起きた日航ジャンボ機墜落事故は忘れられない記憶です。
乗客乗員、なんと520人が犠牲になった世界最大規模の航空機事故です。
歌手の坂本九さんも搭乗されていました。
当初は数人の生存者がいたことも大きな話題になりました。
しかし、生存者は2名だったでしょうか。

ボクはこの日を鮮烈に覚えています。高校を卒業して大阪に働きに出て、初めてのお盆休みで広島に帰る途中の事故でした。

18時直前に日航ジャンボ機がレーダーから姿を消しているとの情報です。
その前から迷走を繰り返し、レーダー追跡を続けていたそうです。
群馬県の山中で機影が消えたとのことです。

自宅について、すぐにテレビを観ました。
墜落場所と思われる赤い炎が見えるところを映しているだけの映像。山肌は墜落したことを物語り、機体もバラバラにあちこちに散らばっていました。

13日は朝から事故機に生存者がいることのニュースで持ちきりでした。

社会人1年目でしたから、もう26年も経つのかと。不謹慎ながら社会人の学年をカウントするひとつの定規になってしまっています。

それにしても、一度に520人が亡くなるなんて大変な事故です。
超優良会社を誇った日本航空が凋落した原因の一つと言われています。
毎年お盆が来る頃思い出します。